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麻帆良学園は、いつものように慌しい朝を迎えた。
路面電車と自転車が、ひっきりなしに学園へ駆けていく。しかしそれをはるかに凌駕した数の学生達の前で、交通機関は慢性的な輸送力不足に悩まされている。
そのため学生達は路面電車をさっそうと抜き去り、マラソンよろしく校門に向かっていく。運転士さんが電車のすぐ脇を走り去る学生達の安全に気を配っているのが、相当な負担になっているだろう、などと考える余地もない。
その中を、突如ビームが抜けていった。いや、筆者の世界の表現を借りるなら『光る風を追い越した』と言うべきだろう。本来は比喩表現に過ぎないのだが、まさにその言葉を事実たらしめんほどの脚の持ち主がいた。
その人物、神楽坂明日菜その人である。クラスで一・二を争うその駿足で通学路を軽やかに駆けるその洗練された姿は、艶やかに完成されていると言っても過言ではない。
片腕には彼女の担任、ネギ・スプリングフィールドを抱えている。全力とも思える速さで走りながらでは無茶ぶりもいいところだが、粗暴さは全く感じられない。寧ろ、優しく包み込むような手の回し方、そして何より、あえて引っ張らずに抱えているという姿が印象的に感じられよう。
明日菜はいつものように遅刻ギリギリに寮を出て、他の追随を許さないレースを展開していた。
原因は二度寝である。思いもかけずバイトが休みになったことで、良く言えばのんびりしてしまったことがその主因だ。しかし事実は、中学生にはまだ早い行為にすっかり耽ってしまったことに、その原因の大半があった。
死ぬのを免れた直後ということもあったので、あんなコトをしてしまったのはある意味無理もない。ドラマや小説には割とよくあることだ。しかしまさか、自分がそんなことを経験することになるなんて考えもしていなかったし、そんな間抜けな理由が寝坊の原因になってしまったのが恥ずかしい。
「明日菜さん、今日もギリギリじゃないですかぁ」
ただひとり、明日菜を後追いする刹那が息切れしながら声をかける。木乃香を両腕で抱えているのだから、当然といえば当然だ。
「あはは、まあしゃーないな」
その反面、木乃香は相変わらずどこか楽天的だ。優等生の余裕と言えばそれまでだが、いつも遅刻ギリギリの明日菜に合わせていてよく間に合うものである。
「もう、ホントにしょうがないんだから。あんた先生でしょ、なんとかしなさいよ」
「………」
一方、ネギは黙りこくっている。
ネギも先生でありながら、明日菜と一緒に寝坊したクチだ。それだけならまだいいが、明日菜と一緒で事情がアレなために他人には言えない。いつものクセのように発する、僕がしっかりしていれば、の言葉すら恥ずかしさで出てこなかった。
明日菜は一旦止まって、言い過ぎたと省みる。そしてすぐさま振り返って、
「いくわよ」
「ひゃっ!?」
ネギが驚く暇も与えず、明日菜は再び彼を抱え上げた。その華奢な体を包み込んで、毛布をかぶせるようにそっとネギの背中に手を回した。
ふわりと体が宙に浮くような感覚も束の間、ネギはそこに魔法の力を感じた。そこに明日菜の呪いが本当に解けたという喜びを再び噛み締めながら、ネギは彼女に寄り添う。
学園までは、あっという間だった。明日菜のその脚力のあまり、一緒にいられる時間がいつもより短いことにむくれるネギの顔が、それを如実に現わしていた。
教室に入ると、いつものように生徒達がネギの前に押し寄せる。新任当初から何一つ変わらない光景だが、今更そこで狼狽えるネギではない。
ただそれは、いつもだったら、の話で、この日に限っては群がると言ったほうが正確かもしれない。麻帆良祭が近づいていつも以上に自重しない生徒達の前では、ネギの先生としての威厳など無力に等しかった。
「ネギ君、麻帆良祭お化け屋敷やろうよー!」
「ダメだよ、ネギ君は私と一緒にメイド喫茶やるんだもんねー」
「皆さんおやめなさい!そんな危険なもの、委員長として許しませんわ!
ネギ先生、ここは私と一緒に……げふっ!?」
「いいんちょの目の方がよっぽどアブナイよー」
ネギを攻め立てるのは、主にあやかとまき絵の二人だった。小動物を独占するようにネギを囲い込むその様子は尋常さをまったく欠き、彼に警戒心すら抱かせかねない。
傍から見れば、それは限りなく偏愛に近いといっていい。あやかのそれは"ショタコン"という名の下に周知の事実であるが、彼女でなくてもほとんどの者―――のどかや夕映ですらそういった感情でネギに迫り来る危険性を孕んでいる。
あまりに今更だが、そんな中で教師をやっている彼はまさに、飛んで火に入るなんとやら、という奴だ。これほどの非日常な日常にもいい加減慣れたものだが、そうであったところで毎回困らせられるのが非日常たる所以である。
「ちょ、みなさん?い、い、いったい」
ネギは何も答える余地もないほど困惑している。こういったところはやはり子供であり、10歳の反応として至極当たり前の光景がそこにあった。
いくら天才でも、彼は聖徳太子ではない。夕映あたりにそんなツッコミを期待したいのだが、教室の後方でハルナやのどかと一緒に話している状態ではそれも望むべくもない。
この状態のネギに唯一できることは、眼差しで明日菜に助けを求めることである。しかしその視線の先には決まってバイーン級の豊乳が立ちはだかり、たちまち悪循環に陥る。一度こうなってしまったら最後、彼女達が満足するまでこのうらやm…ではなく、厄介な"マシュマロじごく"に終わりは見えない。
「助けて、アス……わぷ!? ふが、もごもご」
「あらあら、まあまあ、ネギ先生」
「ちょっとちづるさん! いったい何をしてるんですの!?」
「あーん、私も私もー!」
「わあーーーーー!?」
良くも悪くも変わっていないクラスの光景に戻ってきた―――明日菜はそんな感慨に浸りつつ、相変わらずのネギの頼りなさにため息をついた。
ただひとつだけ違うところは、不可抗力とはいえ、その状況に嫉妬心が出てきてしまうところにあった。あの子と永遠に別れるかもしれないという辛さを経験した身としては、自分だけに許されていいはずのコトを、あまつさえヨコシマなノリでいとも簡単にやってのける面々に傍で飲まれている自身がもどかしい。
しかし黙って見ているわけにもいかず、やや感情的に止めに入ろうとする。そこへ木乃香がそっと明日菜を制止して前へ出た。
「はい、そこまでー。ネギ君困っとるからたいがいにしてなー」
木乃香がネギと生徒達の間に入ってそう言うと、途端に教室が静まり返った。流石は学園長の孫娘、といったところだが、明日菜はそんなことは抜きに口をポカンと開けながら、それを眺めていた。
ネギも一緒に呆気に取られながら、木乃香に礼を言う。クラスの面々はたちまちにネギから離れ、散っていった。
「あ、ありがとうございます……」
「ええってええって」
その幕引きの呆気なさは、もはや魔法でも使ったのかと錯覚せざるを得ない。まるで魔法みたい、と魔法使いとしてはあまりよろしくない表現が口を突きそうになってしまうほどだ。
木乃香はというと、そんな周りの光景を尻目に、にっこり笑って席に着いた。意外にこういったところは無頓着らしく、それは良い意味でマイペースを突っ切っている。
魔法だなんて、考えすぎか。ネギはそう思った。
ショートホームルームの時間に、ネギが麻帆良祭の出し物の件を伝達する。
内容は、1時間目の英語と6時間目のロングホームルームを入れ替え、そこで出し物を決める旨だった。実はネギクラスはまだ麻帆良祭の出し物をまだ決めておらず、その締切はこの日の昼休みに差し迫っていた。
そのため午前中の時間を使わなければならなくなり、そこで自分が担当する英語が午後にあったので、それと入れ替えようということだ。
明日菜にしてみれば、得意の英語をネギにアピールするのが午後になってしまうのが少々残念だった。ただ、それならそれで楽しみを後に取っておけるので、結局は何も問題ないという結論に至る。いかにも彼女らしいところだ。
ネギの話が終わったときに丁度予鈴が鳴り、ネギは一旦職員室へ戻る。
「なぁアスナ、出し物なにがええと思う?」
木乃香は両手で頬杖をついてにんまりしながら明日菜に話した。
何か意味有りげな笑いに明日菜はわずかにきょとんとしたが、人差し指を顎に当てて考える。そういえば何も考えてなかった、と思いながらも、思いつきで答えてみた。
「うーん、考えてないなぁ。とりあえず店屋物でいいんじゃない?」
料理好きの明日菜は、秘かに将来を夢見て言う。木乃香はそれを見て、またか、とため息をついた。
「アスナ毎年それやなぁ。料理好きなのは分かったから」
「何よぉ、悪い?」
今年もアスナは、去年と同じことを言いよった。彼女らしいといえばらしいらしいのだが、中2なのだからもう少し変化がほしいなぁと木乃香は思う。
明日菜の初志貫徹と言わんばかりに反論するその姿勢はとても立派だが、悪く言えばただのワガママを正当化しているだけに過ぎない。
実際のところ、彼女には学園祭の出し物が何になるかなど半ばどうでもよかった。結局はネギと一緒ならなんでもよく、どうせなら得意の料理で、というだけの話である。
話し込んでいる間に、ネギはほどなくして戻ってきた。それまでののんべんだらりとした空気が一瞬にして静かになると、日直が号令をかける。
こういったところで切り替えがしっかりできるあたり、ネギの人望がうかがい知れる。就任初日を思えば、今更ながら明日菜も関心するところだ。
「では、これから文化祭の「はいはいはーい!」」
ネギが言い終わらないうちに多数の挙手が上がる。生徒たちの加減のなさも、やはりネギクラス所以といったところだ。
その必死さはまさに、獲物を狙う猛獣のような気配さえ感じられた。年に一回であるゆえに必然的なことで、彼女達は既にお互いがライバル意識を持っている。
明日菜もそこに入りたいが、なかなかあの場に入っていくのは勇気が要る。ネギに対するアプローチは言わずもがな、もうひとつはクラスメイト達のネギ争奪の流れを変えることが、彼女にとって最優先事項だ。
しかしクラスメイト達の勢いは止まらない。喫茶店だお化け屋敷だと意見が飛びかう中、後方から手が上がった。ハルナだ。
「ねえネギ君、劇なんかどう?」
「いいねいいねー!じゃあ私お姫様ー!」
「お姫さまは私がやるのー!」
いつものノリは加速する一方だ。おまけにネギが王子様役という前提が暗黙の了解だからタチが悪い。
明日菜はもはや、ため息をつくことしかできなかった。こういうことになるから演劇ものは避けたかったのだが、そこには既に決定事項になってしまったような空気が漂っていた。なんでもいいとはいえ、ネギの意見というか発言権すら無視されていることには、多少ながら不満げである。
ネギの慌てふためきぶりでは、彼女らを止めるのは到底無理なわけで。やはり最終的には劇をやることになってしまった。
「では、早速役を決めましょう」
すかさず、夕映が流れを配役に持っていく。
ハルナが出し物を決めてここで夕映、という流れが明日菜の焦燥を煽った。こうなってしまうと、完全にのどかを推すパターンである。
明日菜の脳裏に浮かんだのは、修学旅行前のネギとのどかのデートだった。なんとかしなきゃと考えを巡らせるが、ネギとのどかがいつの間にか公認カップルのような扱いになっている現状、そこに口を出すことはライバル宣言をするのも同然だった。
昨日のことからいっても、私と本屋ちゃんが対等なんてことはありえない。しかしそんなことは知らずに果敢にも挑んでくることが分かっている相手に、明日菜は気負されしてしまった。
「では、まずお姫様を決めたいと思います。誰か立候補する人、は……」
ネギが言い終える前に、クラスの視線は一点に集中していた。
突然クラスの注目の的となり、のどかは戸惑っている。いつも通り、彼女はあたふたするしかないのだが、周りの光り輝く視線が、もはや遠慮を許さない状況になっていた。
できれば遠慮したい。そう思って周りを見渡すと、明日菜が懇願するようにこっちを見ている。お願い本屋ちゃん、お姫様役を譲って――そんな眼差しが、のどかの心を揺さぶりにかかっていた。
もしアスナさんに譲ったら、ネギ先生に近づくこともできなくなっちゃう。のどかは前髪をかきわけて、明日菜を直視した。ここは絶対に譲れないと。
その眼力は、明日菜に容赦なく突き刺さる。
え、ちょ、やだ、
手が、動かない。頭上に挙げるだけなのに。
のどかが周りの雰囲気に押されたのではなく、本気でネギを狙いにきた。それがわかるからこそ、明日菜は物怖じしてしまっていた。
ネギに助けを求めるように見やると、ネギも明日菜に助けを求めているかのようだった。しかし明日菜はどうしていいかわからず、その間にネギは口を開いた。
「では……お姫様役は、のどかさんに決定しました」
ネギは若干俯き加減に決定を下す。いつも通りに喋ってはいるが、そのトーンからのわずかな歯切れの悪さは、どうしても拭えなかった。
そんな、と明日菜が思ったときには、目の前は真っ白だった。
他の配役も順調に決定し、気がつけば明日菜は裏方に回ることになってしまっていた。もはやネギと直接接触することが困難で、完全にのどかにリードを許してしまった気がした。
6時間目のチャイムと同時に、明日菜は木乃香に引っ張られながら教室に入ってきた。
席に着くと、焦点の定まらない目でネギを見る。教壇に立っている彼の私をずっと見てくれている姿と、のどかに振り向いている姿が、彼女の眼に重なって見えていた。
それはそのまま、あの子の気持ちを表しているかのような気がした。彼がいつも言う“生徒ですから”、それが明日菜の眼にはっきりと映っている。
ネギの眼には、私はどう見えているの? そんなことを考えていたら、丁度よく名前を呼ばれる声が聞こえた。
「ハイ、アスナさん」
「はっ……え、私?」
明日菜はとっさに答えた。
あなたの気持ちを。
本屋ちゃんをどう思っているかを。
「ねえネギ……教えてよ」
ワンテンポ遅れて、教室中にどっと笑い声が響く。明日菜はそこで、我に返った。
今は英語の時間だったと気づくときには遅く、クラスメイト達からの突っ込みは容赦ない。
「あははは、アスナ何言ってんのー?」
「珍しいですわね、アスナさんがこんなことを言うなんて」
「いくら成績がいいからって、ちゃんと聞いてなきゃダメだよ」
ネギにアプローチをする場面で思わず晒してしまった失態に、明日菜はたちまちに赤面してしまう。
いつもはこんなことはないのだが、どうも頭がボーッとしているなぜこんなことを言ってしまったのか、自分でも訳がわからない。
見下ろすと、机の上のノートは真っ白のままになっている。単語でびっしり埋まった片方のケージとの差が、今の彼女の思考のごとくであった。
「ごっごめんネギ、今のところ全然聞いてなかったっっ」
明日菜は慌ててネギに弁解する。普段ならどんなに眠くてもネギの英語だけはこういうことにならないようにしているが、思わず本音が口を突いてしまった。滅多にやらないことだけあって、恥ずかしさが後から込み上げた。
「あはは、アスナさんらしいですね。でも、これからは気をつけてくださいね」
「は、はい…」
相槌が思わず敬語になってしまうあたりが、明日菜にとってどれだけの失敗であるかを物語る。まして好きな人の前だ、彼女はこれ以上のことは何も言えない。
席につくと、明日菜はそそくさと板書を写す。ついにカッコ悪いところを見せてしまったというショックは意外に大きく、思いのほかしょんぼりしてしまっていた。
これでのどかに差をつけられてしまったと思うと、ちょっと憂鬱だった。
ひとり帰路に着く明日菜は、考え事をしていた。
本屋ちゃんは、ネギのことが好き。それは明日菜も以前から知っていることだが、それが今になって、電撃スクープにも匹敵するような重大なことのように感じた。
ネギのためなら、身を引いたほうがいいのではとさえ考えそうなほど、重い足を引っ張っていた。本来なら自分は死ぬべき運命で、それが何の因果か生き延びている。
結果、状況はのどかが有利な方向に傾きはじめた。自分の存在は自然の摂理に反しているような気さえしていた。
「アースナっ」
「ひゃっ!? こ、このか?」
木乃香が後ろから不意打ち気味に声をかける。明日菜は目を覚ましたように驚いてしまった。
振り向くと、いつも通りの笑顔がそこにあった。相も変わらず楽天的な笑顔を自分と対比しては、思わず“人の気も知らないで……”そんな言葉が出てきてしまいそうだ。
「なぁアスナ、今日」
「べっ別に!……なんでも、ないわよ………」
「まだ何も言ってへんやん……ははぁ、ネギ君やな」
明日菜にしてみれば、今日の出来事は十分過ぎるほどの大波乱で、多少気疲れしてしまっている。もはやそれ以外のことは頭に留めておくことも困難だった。
彼女のそんな状況に、木乃香は何の躊躇もなく切り込んできた。親友とはいえそこへ入り込んで引っ掻き回されては、明日菜にはなすすべもない。
「ちょ、ちが、なんで」
「ウチが気づいとらへんと思うとるん?」
「何を?」
すべてを見通しているかのように、木乃香は意地悪な口調で明日菜にささやいた。しかし明日菜は何も思い当たらず、ただ首をかしげるばかりだ。
明日菜が気づいてないと知るや、木乃香はもったいぶるようにしばらく間を置いた。そして彼女が何よ、と言いかけた絶妙なタイミングで、次の言葉を続けた。
「昨日の夜のコ・トっ」
「なっ………!」
明日菜は瞬時に顔を赤らめ、何も言えなくなってしまった。
木乃香は明日菜とネギの進展具合を別段知っているわけではないが、何しろ姉弟のように中睦まじい二人である。彼女の前ではちょっとした推察でカマをかけるだけでも威力は充分だった。
あのとき明日菜は、木乃香にはバレないように身を隠していたはずだった。しかし彼女を甘く見ていた。なにしろ魔法使いの血筋であり、そして何より、親友である。
あわあわと口を動かしながら、乙女の切実に悩める姿が一転して、完全にテンパってしまっていた。昨夜の出来事は完全にネギとの秘め事のつもりだったのだが、それがなぜか筒抜けになってしまっていることに、先刻までの考え事は一気に吹き飛ばされてしまった。
木乃香はそんな明日菜に、あっさりと、それでいて温かく続けた。
「ウチには詳しい事情はわからへんけど、ネギ君のこと、好きなんやろ? せやったらもう一回伝えたらええやん」
「でも……でも……」
その先は明日菜には言えなかった。伝えてしまえば、本屋ちゃんを結果的に傷つけてしまう。かといって黙っていたら、あの子を悩ませてしまう。
そんな気持ちの間で、彼女もまた揺れ動いていた。
「アスナは優しいなぁ。でもな、」
恋とは時として、非情さを求められることがある。そう言いかけて、木乃香はふと思った。
いったい誰がそんなことを決めただろう。そんなことは明日菜には到底無理な話だ。だからこそ、ネギがそんな彼女の優しさに姉のように慕っているのだろう。そう考えると、死闘とも思える戦場に彼女を送り出そうとするほうが、寧ろ非情な気がした。
「やっぱやめたわ」
「……へ?」
きょとんとしている明日菜をよそに、木乃香少しばかり申し訳なさげにちょっぴり心でつぶやく。――ゴメンな、のどか――と。
そして明日菜に向き直り、ウインクしてみせた。その瞬間が明日菜にはどう映っていることだろうか、そう思いながら、太鼓判を叩いた。
「ウチも手伝うえ。アスナ、頑張り」
「ふええっ、このかぁ…」
定番のような悩みの割に親身な木乃香に、明日菜は思わず涙を浮かべた。
ネギと一緒になることよりも、その過程のうちのひとつの出来事―――結末を迎えたときに、それが小さな宝物となって明日菜の手に届きそうな気がしていた。
――あしたのあたしへ。
あの子はずっと、私を見てくれていますか?
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